智慧の光を求めて、あるがままの心へ。
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【読み方】
むじょうかん
【意味】
この現象世界のすべてのものは生滅して、とどまることなく常に変移しているさまを観想する。
釈迦は、無常の理由を「現象しているもの(諸行)は、縁起によって現象したりしなかったりしているから」と説明している。
【解説】
無常というのはどういうことかというと、心の中にいろんな事象がおこり、また消え去っていく、ということ。心の動きというのは瞬間的におこって、また瞬間的に消え去っていくものです。だから無常といいます。肉体的な感覚というものもおこってはすぐに消えていくものですから、これも無常です。 わたしたちはふだんは無常というものを実感することはありません。この肉体的精神的な無常は考えたり哲学的に理論づけようとしてもできません。実践が必要なのです。そのためには実際にわたしたちの心や身体になにが起こるかということをしっかり把握し意識することから始まります。心や身体に起こる現象は、それが起こった瞬間に、全力を傾倒して認識することが大切です。 心の状態はパーリ語でナーマnamaと言われます。肉体的なプロセスはルーパrupaと呼ばれます。ですからこの法話においてナーマおよびルーパという言葉が出てきましたら、精神的な状態、肉体的なプロセスを意味すると理解していただきたいと思います。
心の状態は永遠なものではありません。それは起こると同時に消え去っていきます。肉体的なプロセスも永遠ではありません。それも起こると同時に消え去っていきます。それゆえに無常ということは、心と身体の三つのプロセスのひとつであると言うことができます。
【経典等】
むじょうかん
【意味】
この現象世界のすべてのものは生滅して、とどまることなく常に変移しているさまを観想する。
釈迦は、無常の理由を「現象しているもの(諸行)は、縁起によって現象したりしなかったりしているから」と説明している。
【解説】
無常というのはどういうことかというと、心の中にいろんな事象がおこり、また消え去っていく、ということ。心の動きというのは瞬間的におこって、また瞬間的に消え去っていくものです。だから無常といいます。肉体的な感覚というものもおこってはすぐに消えていくものですから、これも無常です。 わたしたちはふだんは無常というものを実感することはありません。この肉体的精神的な無常は考えたり哲学的に理論づけようとしてもできません。実践が必要なのです。そのためには実際にわたしたちの心や身体になにが起こるかということをしっかり把握し意識することから始まります。心や身体に起こる現象は、それが起こった瞬間に、全力を傾倒して認識することが大切です。 心の状態はパーリ語でナーマnamaと言われます。肉体的なプロセスはルーパrupaと呼ばれます。ですからこの法話においてナーマおよびルーパという言葉が出てきましたら、精神的な状態、肉体的なプロセスを意味すると理解していただきたいと思います。
心の状態は永遠なものではありません。それは起こると同時に消え去っていきます。肉体的なプロセスも永遠ではありません。それも起こると同時に消え去っていきます。それゆえに無常ということは、心と身体の三つのプロセスのひとつであると言うことができます。
【経典等】
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